ごぞんじのとおり無農薬は大変です

無農薬で栽培を行ううえで、一番あるいは二番目くらいに懸念されるのが害虫の問題です。「無農薬にしろというが、害虫のせいで作物がとれなかったらどうしてくれるんだ」と農家が思っても不思議はないですよね。むしろ、環境のためといいながら、リスクは農家にだけ負わせるというのはアンフェアです。ただし、じゃあ、どうすればいいのか?という提案は双方から提出され話しあわれるべきで、農家が責任を免れるものではないと思っています。だって限りある土地の管理を任されているんですから。

そもそもの話、害虫対策は農薬だけで立ち向かうモノではありません。ちょっと、こむずかしくなりますが、教科書的言葉を使うと、①耕種的防除、②生物的防除、③物理的防除、④化学的防除というさまざまな方法を組み合わせ行います(注1)。また最近は、総合的害虫管理IPMという言葉もよくでてきます。これは、今言った4つの方法を重要なものから実施したり、うまく組み合わせたりして、被害を少なくするという目的を達成しようというもので、ある意味あたりまえのことです。

こうした考え方は、無農薬栽培だろうと慣行栽培(農薬も使う)だろうと適用可能だと思いますが、いずれにしても作物の生態や生理、害虫のふるまい、環境や生物の影響など深い洞察が必要です。なかなかオモシロ難しいチャレンジです。話が少しそれますが、無農薬と言いながらとんでもないことをしている農家もいれば、少しばかり農薬を使いながらも環境に配慮している農家もいます。しかし市場へ出ると無農薬と減農薬の間には天と地ほどの評価の差があるので、なんだかなと思います。

さて、今回は、無農薬有機栽培における害虫管理の考え方についての論文です。具体的なデータは示されておらず、簡単な総説とリンゴ栽培における事例についての報告です。

本論文では、無農薬栽培で害虫を管理するため、以下の4つのフェーズがあるとしています。先ほどの4つの防除と重なるところもあれば、ずれるところもあります。

  1. 栽培方法、耐性品種の選択
  2. 天敵などのハビタット(生息場所)の整備
  3. 天敵導入
  4. 化学的防除

さらに、これらは独立して存在するのではなくて、段階的なものと考えています。「これがダメなら次の方法を」ということです。ひとつめの「栽培方法、 耐性品種の選択」とは、耕種的防除に該当します。輪作することによって特定の害虫が集中することを抑制したり、耐性品種を栽培することによって、害虫の大発生を回避したりします。二番目、三番目は、生物的防除で、害虫を捕食したり害虫に寄生したりする天敵を自然に増やしたり、人工的に放したりすることです。四番目の化学的防除は、無農薬栽培において一部認められている農薬のことです。日本の有機JASでも、硫黄フロアブルとかボルドー液とか、一部の農薬はほぼ天然由来ということで認められています(注2)。

このようなことを踏まえたうえで、スイスにおけるリンゴの有機栽培での事例をみてみます。リンゴの栽培者たちは、リンゴ黒星病、うどんこ病、火傷病、コドリンガ、バラ色リンゴアブラムシ(以下アブラムシ)の害に直面しますが、無農薬栽培となると対応策はかなり限られています。以下では、アブラムシへの対策について各フェーズごとに状況をみていきたいと思います。

フェーズ1:品種の選択

アブラムシへの耐性品種があるにはあるのですが、どれも小粒なため市場価値が高くありません。そんなわけでほとんど栽培されず。ゆえに、フェーズ1でできることは、剪定、受粉、施肥を適切に行うくらいしかできません。

フェーズ2:ハビタットの管理

天敵にハビタットを提供するために、草地(注3)を用意することで、いくらかの効果があるようです。特に春から夏にかけて、網をつくるクモ類が、このような草地で増加し、秋にアブラムシの天敵としての働きが発揮されます。しかしながら、彼らがアブラムシを減少させることは間違いないものの、特にアブラムシが多い年には効果が限定的です。

著者らが言うには、このフェーズのために必要な知識がもっとも不足しているようです。機能的な生物多様性を高めるため(注4)、ハビタットをどのように管理すればよいか?は重要でかつ興味深い課題です。

フェース3:天敵導入

著者らがかかわった実験によれば、フタモンテントウの幼虫の導入によりアブラムシはかなり減少しますが、経済的閾値を下回るほどではありませんでした。一方、秋に成虫を放飼するともう少し効果があるようですが。やはり十分とはいえません。ただ、他にも導入できる天敵があるようです。

フェーズ4:農薬

農薬とはいっても、ここで使っているのは、カオリン。粘土です。すなわち粘土をリンゴの木に塗って白くしてやると、アブラムシがなんだこれは?と思って(かどうかはわからない)、寄り付かなくなるというものです。化学的防除というより物理的防除なんじゃないかとも思います。カオリンはなかなか効果があるようですが、施用するタイミングがなかなか難しく、アブラムシが飛んでくるのに合わせてやらねばなりません。なので、まだ完璧とはいえないようです。そんなわけで、仕方なくいくらかの農薬(もちろん使用許可のもの)を使うことになりますが、そのあたりの詳しいことは書いてませんでした。

こんなわけで、現状ではなかなか難しい面があり、さらなる研究が必要だということで、いわゆる「俺たちの戦いは続く」的なまとめなのですが、論文が2005年のものなのでもう少し進んでいるかもしれません。とはいえ、農薬を使わない場合にどのくらい減収するか?ということを調べると、水稲や野菜に比べ果樹がもっとも被害が大きいというようなデータもあり、一筋縄ではいかないでしょう。特に果樹は輪作というわけにいかないので果樹園全体が害虫被害に対して強くなるよう生態的な機能性を高める必要があると思います。そのためには、パラダイムシフトに匹敵する何かが必要なんじゃないか?と感じました。

注1: 耕種的防除は、輪作や耐性品種の選択、生物的防除は天敵の利用など、物理的防除はネットなど物理的障壁を使うもの、化学的防除は農薬やフェロモン剤などによる。

注2:硫黄フロアブルもボルドー液も殺菌剤ですが、殺虫剤もあります。

注3: ヤグルマギク、ノラニンジン、ソバ、ミヤコグサ、パースニップなどのタネをまくそうです。

注4:「機能的な」という意味は、ことなる生態的機能をもつ種の多様性ということ。たとえば、同じ植物群落でもマメ科が含まれると窒素固定能という機能が高まります。