今回の論文
The effects of organic agriculture on biodiversity and abundance: a meta-analysis
Journal of Applied Ecology 42(2)
有機農業が生物多様性と個体数に及ぼす効果
超約
おおむね有機農業は生物多様性と個体数を大きくさせるが、生物の種類や周囲の環境によって効果はまちまち。適切な助成金の運用で多様性への効果を高めるべきだ
みなさんはじめまして。有機農業や環境保全に関する世界の論文紹介のコーナーです。まず、なんで論文紹介なんてことをするのかについて少し。農業や林業、水産業にはそれぞれ対応する、がくもん分野、すなわち農学、林学、水産学が存在しています。建前では、産業に役立つ研究をすること。それが存在理由です。わたしはそのうち、農学と林学に関わりましたが、正直申しまして、産業側と研究側の断絶がハンパないんです。残念ながら。
原因として研究者にもいろいろ問題がある(いやだいぶある)んですが、彼らは彼らで彼らの競争社会で生き残らねばならぬという事情があります。そういえば、以前、SNSの投稿で、日本の農林業のためなら日本語で論文を書くべきという意見がありました。確かに研究をもっと利用してもらおうと考えれば聞くべき意見です。しかし悲しいかな、このご時世、日本語で論文を書いても研究者としてあまり評価されません。なので良い結果(つまりよい論文)ほど英語で書かれるという傾向があるとかないとか。
なので、現場のみなさま、がんばって英語よんでください。今は、いろいろ便利な時代になっているので、本気で読もうとすれば読めるはず。じゃあこれで話はおわり。グッドラック。
といいたいところですが、なかなか難しいですよね。もうひとつの可能性として、研究者と現場との間をとりもつ何かがあればいいんじゃないと、そのとき思いあたったわけです。研究者になれなくてふらふらしてる自分にうってつけ?みたいな。とはいえ、もう2年くらい前の話なので、長いことぐずぐずしてたのですが、やっと重い腰を上げ(今ここ)、キーボードに向かっているしだいです。
さて、前置きが長かったんですが、今回の論文は、有機農業が、生物多様性やいきものの数に影響するのか?という直球なタイトルの論文です。具体的な研究内容は、有機農業の生物多様性に対する効果を明らかにするために過去行われたいくつもの研究結果をまとめて分析してみたら、どうなるかというものです。いきなり結論をいってしまいます。すなわち、「有機農業によって種多様性は高まる」というものでした。 問題提起がシンプルなので、結論もシンプル。
でも、細かいことをいうと、どのような生物かによって結果が異なりました。ここでは、生物の種類を鳥、節足動物、土壌動物および植物などに分けて分析しました。ほとんどの種類においては効果があったんですが、このうち、非捕食性節足動物(ようするに肉食じゃないムシ)と土壌動物には有機農業の効果がなかった。つまり種多様性は高まらなかったということです。ま、同じ場所に暮らす生き物も、それぞれ住んでる「世界」が違うので違った反応をするのは当然です。なので、単に「多様性あがったいぇーい」というのではなくて、それぞれの生き物の生き方を頭にいれながら、より深い理解が必要なんだ。ということです。
一方、種多様性(ようするに生物種の数)に対して、生物の個体数でみても、ほとんどの種類で効果がありましたが、ゴミムシ類、非捕食性節足動物、農業害虫、ミミズなどには効果がなく、有機農業をしても数は増えないという結果でした。
個体数については、もう一つ重要な結果がありました。分析にもちいた研究の多くは、調査を行った場所の周囲がどんななのか?についてはあまり考えてませんでした。多くの研究では、めだった効果がみられるのですが、調査した場所がごく小さく、周囲の環境に対してもあまねく効果をもたらしていると断言するにはやや不十分です。一方、周囲の環境を考慮して調査した場合の結果をみると、場合によっては有機農業の効果なんてないかもなという結果だというのです(注1)。
そもそも農薬というのは生き物を減らす目的でまくものなので、それを使わなければ生物は増える。あたりまえです。小さな面積では、その効果がめだったものになるというのも納得できます。 じゃあ、今回の結果に意味があんのか(この辺から私の意見がまじります)。有機農業が生物多様性によい効果をもたらすと言えるのか。はて。
「よい」という評価はひとそれぞれです。目指すものが違うからです。 たとえば、有機農業をやってるとよく言われるのが、「農薬をやらない圃場で害虫が増えて周りに広がる」ということです。そんな事実がどこかにあったのか知らないんですが、実際よくいわれます。今回の研究は、クモなどの捕食性の節足動物(いわゆる天敵)は増えたのに対し、蛾(の幼虫)など植物を食べる昆虫は増えなかったということを示しています。ようするに無農薬だから害虫が増えるようなことはないって意味です。これが事実ならよろこばしいことですが、その喜ばしさは、広大な環境における生物多様性うんぬんとはあまり関係なくて、その圃場だけで完結してていいことです。
みもふたもないことを言ってしまうと、有機農業に従事している農家だからといって、地域の生物相がどんなだとか、地球上の生物の多様性がどうしたとか、そんなことはたいてい遥かかなたの話で、「いきものを増やしたいから有機農業してます」なんてのは少数派。みもふたもないレベルをもっと上げると、そもそも消費者からみた有機農業の価値というのは、生き物がどうのこうのではなくて、農薬をつかってないから安全安心というもので、「ゴミムシがちょっと増えるんだぜ」なんて風には考えてくれないわけです。
そうはいっても、地球史上6度目の大量絶滅時代といわれる今、生物界全体をいかにして守るかを考える必要があります。人類が生存するためには生物多様性を維持しなければならないという命題は証明されてはいませんが、たぶん多様性がどーんと下がったらまずいよなと思っています。それを回避するには、陸地上で無視できない面積を占める農業地帯をどのように管理するか。まじめに考えるべき問題です。
今回の論文では、どのような場所で有機農業による生物多様性への効果が高いかを踏まえ、特に重要な場所で有機農業へのインセンティブが高まるようにすること。そのためには、補助金によるコントロールをすることが必要だと述べています。たしかにそれもそうなんでしょうけども、結局、関係するいろんな人たち(たぶんほとんど大部分の人たち)が、どんな「世界」で暮らしているか何を目指して生きているか?を理解して、難しい調整をだれかがやんないと、なかなか前にすすまないんだね。と思います。
さて、今回はこんなところで終わりにします。ちなみに、今回の論文は、こちらからインターネット上で読むことができます。本投稿では、こまかい数字にはふれていないので、そのあたりが気になる方は原著をどうぞ。
注1:ちょっと歯切れの悪い言い方で申し訳ないです。論文では、周りでがんがん慣行栽培(ようするに農薬をつかう)してるなかでポツンと有機農業をやっていると多様性への効果が高く、一方、周囲がさまざまな環境を含むような場所(ようするに自然度が高い場所が周りにあったり)では、あまり効果がないというような具体例を述べています。でも、それもきっと一概にはいえないのでは?とわたしは思います。なので本文中では遠回しないいかたをしています。